大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成4年(オ)673号 判決 1996年3月08日

上告人

右訴訟代理人弁護士

上野芳朗

被上告人

右訴訟代理人弁護士

瀬邊勝

石井三一

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

昭和二三年九月二日愛知県岡崎市長に対する届出によってされた上告人と被上告人の婚姻は無効であることを確認する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人上野芳朗の上告理由について

一  本件は、上告人が被上告人に対して、昭和二三年九月二日愛知県岡崎市長に対してされた上告人と被上告人の婚姻の届出(以下「本件届出」という。)は上告人の届出意思を欠くものであると主張して、本件届出に基づく婚姻の無効確認を求めるものであるところ、原審の適法に確定した事実関係の概要は次のとおりである。

1  上告人と被上告人は、大韓民国(以下「韓国」という。)の国籍を有する。上告人と被上告人は、昭和二一年一月五日、愛知県瀬戸市所在の被上告人の実家で韓国式の結婚式を行い、同国の風習に従い、同日とその翌日を被上告人の実家で過ごし、その後三日間程度を愛知県岡崎市所在の上告人の実家で過ごした。上告人は、当時親元を離れて政治運動に熱中しており、被上告人との面識もなかったが、結婚式の前日に別の口実で呼び出されて双方の親が結婚を決めたことを初めて知らされ、抗議したものの、両親の懇請に負けて不本意ながら挙式には応じた。上告人は、風習による儀式終了後直ちに政治運動のため山形県鶴岡市に行き、その後は生活の本拠を東京に置くようになり、被上告人は、上告人の実家で生活することになった。上告人と被上告人は、上告人が上告人の実家を訪れることはあったが、継続的に同居したことはない。

2  上告人と被上告人の間には三人の子が生まれたが、一人は幼いころ死亡し、残りの二人は既に成人している。被上告人は昭和四三年に上告人の両親と別居したが、上告人はその後も、被上告人宅を訪れたり、生活費や養育費を送金したり、被上告人との間の子の結婚式に父親として参列したりした。

3  上告人の父は、上告人と被上告人との間に一人目の子が生まれたことから、被上告人と相談の上、昭和二三年九月二日、愛知県岡崎市長に対して本件届出をした。本件届出は上告人の意思に基づかないものであったが、被上告人は、上告人の父が上告人の意向を受けて本件届出をしたものと思っていた。この時点において本件届出に基づく婚姻は韓国当局に届け出られなかったので、平成元年までの間、韓国の戸籍には上告人と被上告人の婚姻の事実は記載されておらず、上告人も本件届出がされたことを知らなかった。

4  上告人は、昭和五六年一月七日、韓国の国籍を有する丙との婚姻を韓国当局に届け出た。上告人と丙の間には二人の子がいる。

5  被上告人は、平成元年二月二三日、上告人に無断で本件届出に基づく上告人との婚姻を韓国当局に届け出た。これにより韓国の戸籍に上告人と被上告人の婚姻の事実が記載されたため、上告人は、戸籍上重婚状態となった。上告人は、平成元年三月一六日に韓国の戸籍謄本を見て本件届出がされたことを初めて知り、同年六月一六日に本件訴訟を提起した。

6  韓国国民の法意識としては成婚儀式の挙行によって婚姻の成立を認める事実婚の観念が根強く、上告人と被上告人もこのような法意識の影響を受けている。

二  原審は、法例(平成元年法律第二七号による改正前のもの)一三条により婚姻の方式については婚姻挙行地である我が国の法律が適用され、本件届出は上告人の届出意思を欠くから上告人と被上告人の婚姻が有効に成立したとはいい難いとしながら、次の事情を考慮すると上告人が届出意思の不存在を主張することは信義則に反し許されないとして、上告人の請求を棄却すべきものとした。

1  上告人の都合で別居生活を常態としていたものの上告人と被上告人の間には実質的婚姻関係が継続していた上、届出をしない合意も存在せず、被上告人としては、上告人の父が上告人の意向を受けて本件届出をしたと思っても不合理ではなく、上告人の正式の妻であるとの信頼の下に四〇年間過ごしてきたもので、その落ち度は認め難い。

2  上告人と被上告人は、韓国の事実婚重視の法意識の影響下にあり、韓国の風習に従って結婚式等を行っているから、方式の不備による婚姻無効という結果は、我が国における法意識を前提とする以上に、被上告人にとって苛酷である。

3  上告人は、被上告人との実質的婚姻意思を有し、婚姻生活を継続していたから、その態度には婚姻の届出をすることを被上告人に対して許容したとみられても仕方がないものがあった。

三  しかしながら、原審の信義則に関する判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

婚姻の無効確認請求訴訟につき言い渡された判決は第三者に対しても効力を有することがあるから、婚姻の無効確認請求が信義則に照らして許されないかどうかは、婚姻の効力の有無が当該当事者以外の利害関係人の身分上の地位に及ぼす影響等をも考慮して判断しなければならない。これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実関係によれば、本件届出に基づく婚姻が無効でないとされた場合には、上告人と丙の婚姻が重婚に該当するとして取り消される等、利害関係人に重大な影響を及ぼすおそれがあるのであって、そのことをも考慮すると、原審の説示するところのみによっては、上告人が届出意思の不存在を主張して本件届出に基づく婚姻の無効確認請求をすることが信義則に反するということはできない。

四  以上によれば、原判決には法令の解釈を誤った違法があり、この違法が判決に及ぼすことは明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記事実関係の下においては本件届出に基づく婚姻は無効であるというべきであるから、上告人の請求を棄却した第一審判決を取り消して、右請求を認容すべきである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河合伸一 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官福田博)

上告代理人上野芳朗の上告理由

原判決は、判決に影響をおよぼすことが明らかな法令の違背がある。

一 原判決は、本件婚姻について、上告人にも婚姻意思があり、被上告人との間に婚姻意思の合致があることが認められるが、婚姻の届出は婚姻当事者双方の届出によって婚姻の合意を表示する意思に基づかなければならず、一方当事者の届出意思を欠く婚姻届出は無効であると解せられており、上告人と被上告人との本件婚姻は、届出意思を欠くため、その方式を具備するものではなく、直ちに有効に成立しているとは言い難いと認定しながら、上告人は本件婚姻について実質的な婚姻意思があり、かつ、その婚姻生活を継続していたもので、その態度には、少なくとも被控訴人に対し本件婚姻を日本における方式である届出によって表示することについても、これを許容するものと見られても仕方がないものがあったと見ることもでき、上告人が、このような態度を永年継続したうえ、届出意思の不存在を理由に本件婚姻の成立が無効であると主張することは被控訴人に対する信義則に違反するものであって許されないし、裁判所としても本件婚姻の効力を判断するに当って、届出意思の不存在を考慮することはできない、として上告人の控訴を棄却している。

二 本件婚姻の形式的成立要件については挙行地の日本法によって定めることになる。

(1) 婚姻は戸籍法の定めるところによりこれを届け出ることによってその効力を生ずる(民法七三九条一項)のであって、いわゆる届出主義または法律婚主義がとられており、それは婚姻意思の表示が届出という形式で明確になされるべきことおよび届出にもとづく戸籍簿の記載により婚姻を公示することを要求しているものである。したがって届出がなければ、いかに婚姻的生活の実体が存在しても、法律上は婚姻と認められず婚姻は存在しない(無効)のである。届出ある婚姻が婚姻意思を欠くため無効であるのとは事態が全く異るのである。

事実的婚姻にとっては本質的でない届出が、法律的な婚姻にとってはそれを内縁から区別する契機として、本質的なものとされるわけである。

(2) 本件婚姻の届出は、上告人の父が昭和二三年九月二日、愛知県岡崎市長に対し、提出したもので、上告人は、平成元年三月一六日に韓国において戸籍謄本をとって初めて、既に日本において婚姻の届出がなされていることを知った。

このような届出であることのできない表見的届出が受理されたときには、民法七三九条二項の条件を欠く場合にのみ完全な届出として治癒されるとするのが民法七四二条二号但書の規定である。この規定によって治癒されない不完全な表見的届出は、たとい受理された場合であっても届出でないこと、すなわち、当事者による届出をしないときであり、さらには、たとい同棲という社会的には婚姻の実体ともいうべき関係が存在していても、裁判所は婚姻の効力を付与しないという裁判規範性がうたわれているのが、民法七四二条二号本文の法理であると解せられている。

(3) 原判決は、この種の事件の先例である昭和二年三月一五日大審院判決を相反する判断をしている。

三 原判決は、事実上の夫婦の一方が他方の意思に基づかないで婚姻届を作成提出した場合でも実質的な婚姻意思があり、その婚姻生活を継続していれば、届出意思の不存在を理由に婚姻の成立が無効であると主張することは、信義則に違反して許されないと判断しているが信義則違反という言葉を用いるものの、ひっきょう、意思にもとづかない届出も婚姻の実体があれば婚姻の効力を付与することに帰し、「(届出意思の欠缺した届出がなされた)当時右両名に夫婦としての実質的生活関係が存在しており、かつ、のちに他方の配偶者が届出の事実を知って追認したときは、右夫婦は追認によりその届出の当初に遡って有効となると解すべきである」とする昭和四七年七月二五日最高裁第三小法廷判決と相反する判断をしている。

以上いずれの点よりするも原判決は違法であり破棄さるべきである。

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